私の大好きなG−CLEFとは、どんなバンドだったのか?
G−CLEFの結成から解散まで、個人のプロフィールと
活動やエピソードを紹介します。

 

 

主なメンバー

 

<ヴァイオリン>
おちあいてつや
落合徹也
’68/12/10
東京に生まれる

音楽一家で育った彼は、6歳の時この家では楽器をやらなければならないと覚り、
ヴァイオリンを始める、東京芸術大学付属高校から同大学に進み91年卒業、
G−CLEFの前身、大徹バンドの設立メンバー、個性的な作曲もさる事ながら、
バラードやかわいい曲までこなす、メンバーただ1人のO型(他B型)で、リーダー的存在。
<ヴァイオリン>
わたなべつよし
渡辺剛
’68/9/4
大阪に生まれる
楽器を始めたのは一番早く3歳半でヴァイオリンを始める、京都市立堀川高校音楽科から
東京芸術大学音楽学部に進む、このバンドには途中からの参加ながら、いきなりVISAの
CF曲を作曲、大阪人の持ち前の明るさで、ステージではエネルギッシュな演奏を、
しかしレコーディングに入ると1番の完璧主義者となる。
<チェロ>
かしわぎひろき
柏木広樹
’68/7/20
東京に生まれる
佼成学園高校(普通の男子校)から東京芸術大学音楽学部に進む、音楽一家に育った
彼は、7歳の時にチェロの美しい音が気に入り始めたという、大の動物好きで特にウサギは
曲もなっているほど、(のわりには大の酒好き)メンバーのなかでは、
唯一普通に近い人と言われていた。
<ピアノ>
さかきばらだい
榊原大
’67/7/16
千葉に生まれる
4歳で自らピアノを始める、東京芸術大学付属高校(自宅にアップライトのピアノしか
無かったのは、受験生で彼だけだったとか)から同大学に進み大徹設立メンバー、
身長183センチと一番でかい、ライブでは座っていると言う事を理由にMCを担当、いつも
面白いネタを持ってくる、外見からは思えないほどピアノの音はきれいで、テクニックも
すばらしい、ドからファのシャープまで指が届くとか、メンバーでは唯一お酒が苦手。
<ドラム&パーカッション>
みやざきひとし
宮崎仁
’66/12/12
山梨に生まれる

東京芸術大学音楽学部打楽器科卒、91年から正式メンバーとなる、
ドラムよりパーカッションが好きらしく、ドラムセットの周りにはたくさんのパーカッションが
並んでいる、マリンバ、ビブラフォン、は女性の様な繊細な音を出す
しかし曲によっては1人で演奏しているとは思えないほど、手の動きが早い!

結成から解散まで

 

1988/11 落合徹也(vil)、後藤勇一郎(vil)、榊原大(p)、の3人でCBSソニー
「NEW ARTIST AUDITION’88」に出場、優秀グループ賞に、またもっとも乗りが
軽かったバンドとしてフジテレビ賞に選ばれる、この時バンド名はジプシリアンだったが、
差別用語にあたるとしてデビューに際し、GーCLEFと名前を変える。
(この時アコーディオンのCOBAもでていた)
1989/8/21 アルバム「Pell Mell」でデビュー(日本語でてんや、わんや!という意味らしい)
フジテレビの昼ドラ、「夏の嵐」の挿入曲を収録話題を呼ぶ。
1989/12 今までサポートで参加していた柏木広樹(cel)が、正式メンバーとなる。
1990/4 NHK音楽夢コレクションにレギュラー出演。(91/3まで)
1990/5/21 アルバム「五右衛門」リリース
1990/6 後藤に変わり、渡辺剛(vil)が新メンバーになる。
1990/7 五右衛門ツアー’90スタート
横浜美術館コンサートで渡辺香津美さんと競演。
1990/8 榊原、首都高で事故り壁に激突!手首を負傷、おかげでアルバムの制作が大幅に狂う。
1990/11/1 アルバム「Kiss to Fence」リリース、(このタイトルは大ちゃんの事故から取ったもの)
VISAインターナショナルカードCF曲、大阪ガスCF曲、など収録(bの岡本さん渡米)
1990/11 Kiss to Fenceツアースタート
1990/12 NHK紅白歌合戦に出場、初のインストバンドとして注目される、
(We Are G−CLEFを演奏渡辺、落合、客席まで駆け上がり、観客唖然!!)
「五右衛門」が日本レコード大賞アルバム企画賞受賞。
1991/6/1 「Happy Box」リリース
資生堂CF曲など収録
1991/4 WOWOWミュージックネットワーク、サウンドトピックスに2ヶ月間出演。
1991/6 G感ツアースタート(中野サンプラザ公演、柏木過労で倒れ、点滴を打ってのステージ)
1991/11/1 G感ツアーのライブビデオ「We Are G−CLEF」発売
1991/11 G寒ツアー’91スタート、サポートメンバーの宮崎仁(per)、菅原重人(b)、
正式メンバーとなる。
1992/4 bay FM 「マジカルポップG」スタート、落合がメインパーソナリティーに
メンバーも毎回ゲスト出演、のちに柏木とWキャストになり、
その約1年後渡辺、落合のゴールデンコンビになる。
1992/9/18 名古屋センチュリーホールにて「HERIOS SUPER FUJION」カシオペアと
共演(うち3曲セッション)、大いに盛り上がる!
1992/5 「WORLD TOUR IN JAPAN ’92」スタート!(といっても日本だけ)
1992/6/12 アルバム「12」リリース(ラオックスCF曲、オートザムCF曲収録)
1992/10/21 映画「空がこんなに青いわけがない」サウンドトラックリリース
(柄本明監督、シネマアルゴ、超マニアックな映画)
1993/1 菅原重人が脱退
1993/6/21 アルバム「g」リリース。(日本火災ラジオCF曲収録)
ライブツアースタート、ドラム土肥さん、ベース樋沢さんの
強力サポートメンバーが加わり、宮崎さんパーカスに集中!
1993/7/2 FC「CLEFーGYM」でメンバーと行く、サイパンツアーを行う(宮崎は部屋に誰か
来る事を期待していたらしいが、だれも行かなかった!)
1993/7/24 川崎クラブチッタでビデオ収録のためのライブを行う。(この日私は間違えて
横浜駅で下りてしまい死にそうになった)
1993/7/30 「ヨコスカジャズドリームス’93」に参加する、初のジャズフェスに大乗!!
落合、渡辺、雨の中ステージから、かけ下りて演奏。
1993/9 「ソルディノツアー’93」スタート
1993/10/21 クラブチッタで収録のライブビデオ「g−Live」発売
1993/10/30 日清パワーステーション、「Saturday Night R&R SHOW」に出演。
1993/11/7 千葉県の、和洋女子大学学園祭に出演、(女子大というだけで浮かれていたメンバー)
1994/1/6 「新春音楽祭」と題して、中野サンプラザで特別編、中村有志さんがゲスト出演。
1994/1/8・9 「新春音楽祭」8日静の巻、9日動の巻、日清パワーステーションで2day行う。
1994/2/26 FC「CLEFーGYM」で湯沢スキーツアー、ミニライブなど行う。
1994/6/21 アルバム「Dear Friends」リリース
1994/7/30 G−CLEFラストコンサート「Dear Friends Tour」を東京 名古屋 大阪の
3ヶ所で行い活動停止。
1994/9/21 アルバム「BESTっと」リリース(ベストアルバムながら、ニューレコーディングや、
ニューミックスも)

長い文章を読んでくれた方、ありがとうがざいます。
初めて、G−CLEFの歴史をまとめてみたので、間違っている所など有るかもしれません、
間違えなど見つけましたら、教えてください。